こんにちは!ペンデル税理士法人医業経営支援部の親泊です。
先生方は日々、患者様の命と健康を守るために尽力されています。
診療が長引くことや、終了間際の急患対応で退勤時間が遅れることは、
医療という仕事の性質上、ある程度は「仕方がない」側面があることは承知しております。
しかし、経営者として、そして雇用主として、
あえてお伝えしなければならない真実があります。
それは、「医療現場の特殊性は考慮すべき一方で、
残業管理は労働基準法に基づく“別のルール体系”で運用する必要がある」ということです。
「患者様がいるのに帰れるわけがない」「スタッフも医療従事者としての使命感で
残ってくれているはずだ」。もし、心のどこかでそう考えているなら…
その考え方のままでは、結果的に労務リスクを見過ごすことにつながりかねません。
その善意に依存した管理不足は、未払い残業代請求や、優秀なスタッフの離職という形で、
クリニック経営に甚大なダメージを与える時限爆弾となり得ます。
本コラムでは、一般企業の理論をそのまま押し付けるのではなく、
「診療所で実践できること・できないこと」を明確にし、
院長がとるべき現実的な残業管理の手法について解説します。
(コラムの内容は公開時の法律等に基づいて作成しています)
なぜ今、クリニックで厳格な管理が必要なのか
「うちは小規模だから関係ない」と思っていませんか?
残業管理がずさんであることによる最大のリスクは、
実は法律上の罰則そのものよりも、「人材と信頼の喪失」にあります。
(※違法な時間外労働や不適切な管理が続いた場合、
労基法違反として6ヵ月以下の懲役または30万円以下の罰金が科される可能性もあります。)
リスク①:採用市場からの退場宣告
現在、医療業界の採用難は深刻です。
求職者は、給与額だけでなく「働きやすさ」をシビアに見ています。
厚生労働省の令和5年雇用動向調査によれば、転職者が前職を辞めた理由として、
女性では「労働時間・休日等の労働条件が悪かった」が個人的理由を除いて最も多い
というデータがあります 。
「あのクリニックは残業代があいまい」「院長が帰してくれない」という口コミは、
SNSや業界ネットワークを通じて一瞬で広がります。
労務管理が適当なクリニックは、優秀な人材の採用候補から外され、
慢性的な人手不足に陥るリスクがあります。
リスク②:未払い残業代という「隠れ債務」
残業時間が正しく記録されていなければ、本来支払うべき賃金が過少となり、
結果として「未払い残業」が発生します 。
スタッフとの関係が良好なうちは表面化しません。
しかし、退職時にトラブルになった際、過去3年分の未払い残業代を
まとめて請求されるケースが後を絶ちません。
数百万単位のキャッシュが突然流出することは、
クリニック経営にとって致命傷になりかねません。
診療所の残業が増える「真の原因」を直視する
一般的に残業が長くなる原因として「業務量が多すぎる」「業務の進め方に無駄がある」
「意識の欠如」などが挙げられます。
これをクリニックの現場に当てはめると、以下の2つの「悪い残業」が見えてきます。
① 「生活残業」と「付き合い残業」の放置
院長にお聞きします。
スタッフが残っているその時間は、本当に「業務」をしている時間ですか?
本来であれば残業を抑制すべきところ、
スタッフ側の意識が追いついていないケースがあります。
- 「帰宅ラッシュを避けるために時間を潰している」
- 「先輩が残っているから帰りにくい」
- 「更衣室でのおしゃべりが長引いている」
これらはいわゆる「生活残業」「付き合い残業」ですが、明確な線引きをしていない限り、
その時間が『業務指示の有無』や『事実上の拘束性』によっては
労働時間と判断される可能性があります。
これを放置することは、
「結果として、実働以上に残業が多いスタッフの給与が相対的に高くなる」という
不公平感を招き、テキパキと仕事を終えて帰る優秀なスタッフのモチベーションを
著しく低下させます 。
② 院長側の指示が曖昧な場合、結果として残業が増えてしまうケース
「明日の準備をしておいて」と夕方に指示を出せば、スタッフは残業せざるを得ません。
しかし、その業務は「今、1.25倍の残業代を支払ってまでやるべき緊急性の高い業務」
でしょうか?
院長自身がコスト意識を持たず、「なんとなく」でスタッフを残しているケースも
散見されます。管理側に残業を抑制しようという意識がなければ、当然残業は減りません。
診療所で「できること」「できないこと」の分別
一般企業の残業対策には「テレワークの活用」や「フレックス制」などがありますが、
対面診療が基本のクリニックでは非現実的です。
できないことを嘆くのではなく、「診療所だからこそやるべきこと」に集中しましょう。
【できないこと】
- 診療終了時間の完全固定
患者様の容態や混雑状況に左右されるため、工場のようにベルが鳴ったら即終了、
とはいきません。これは医療機関の宿命として受け入れる必要があります。
- 完全なPCログ管理による監視
デスクワーク中心の企業であればPCのログオン・ログオフ時間で管理できますが、
看護師や受付スタッフはPC操作以外の業務(清掃、器具洗浄、患者介助)も多いため、
PCログだけでは実態を把握しきれません。
【できること(今すぐやるべきこと)】
- 「労働時間」と「それ以外」の境界線を引く
着替えの時間、朝の掃除の時間、昼休みの電話番。
これらは指揮命令下にあるとみなされれば「労働時間」です。- 制服への着替えはタイムカードの前か後か、就業規則で定めていますか?
- 昼休みに電話番をさせているなら、それは休憩時間ではなく労働時間です。留守番電話設定にするなどの対策が必要です 。
- 残業の「事前許可制」を導入する
これが最も効果的です。
「残業をする場合は、終了予定時刻と業務内容を院長に申告し、許可を得ること」を
ルール化します。「なんとなく残る」を防ぎ、院長自身も「その業務は明日でいい」と
判断する機会が生まれます。
緊急の診療対応以外は許可制にすることで、残業の必要性を適切に判断できるため、
不要な残業を抑えることができます。
- 業務の「断捨離」とIT化
「過去のやり方を重視するあまり、効率が悪い手順を継続している」ことは
ありませんか?- 手書きの書類作成に時間をかけていないか。
- 現金の締め作業に時間を取られていないか(自動釣銭機の導入)。
- 清掃などのノンコア業務を看護師にさせていないか(外部委託の検討)。
「人が足りない」と嘆く前に、業務そのものを減らす視点が必要です 。
正しい勤怠管理が「院長を守る」武器になる
「管理を厳しくするとスタッフに嫌われるのではないか」と
不安に思う院長もいらっしゃいます。しかし、逆です。
「ルールが明確で、働いた時間が正しく評価される環境」は、
多くのスタッフにとって安心感につながりやすくなります。
適切な勤怠管理ができていないと、長時間の残業が生じやすくなるだけでなく、
労使間の信頼関係が崩壊します。
正確な記録は、万が一の労務トラブルの際に院長自身を守る唯一の証拠となります。
アナログ管理の限界とシステムの役割
タイムカードの集計を手計算で行っている場合、計算ミスや転記ミスのリスクが
常に付きまといます。
また、法改正への対応や、36協定の上限(月45時間など) を超えそうなスタッフへの
アラート機能 などは、手動管理では限界があります。
特定のメーカーである必要はありませんが、クラウド型の勤怠管理システム等を活用し、
「正確な時間をリアルタイムで把握する」 体制を整えることは、近年では、
クリニック規模でも導入が一般的になりつつあり、労務管理の精度向上に大きく役立ちます。
おわりに:経営の「盲点」をなくすために
残業管理の問題は、単なる事務作業の話ではありません。
「院長が、スタッフの時間を(コストとして)どう捉えているか」という
経営姿勢そのものが問われています。
「うちは大丈夫だろうか」「就業規則はどうなっていたっけ」と
少しでも不安を感じられた院長。
あるいは、「スタッフに残業を減らすよう言いたいが、
どう伝えれば角が立たないか分からない」とお悩みの院長。
その悩み、税務会計の枠を超えて、医院経営のパートナーとして私たちにご相談ください。
私たちペンデル税理士法人は、多くの医療機関様の顧問を務め、数字の管理だけでなく、
こうした労務リスクや組織づくりの課題解決にも伴走してきました。
院長が安心して診療に専念できる環境づくりを、私たちが全力でサポートいたします。
言い訳なしの「強いクリニック」を、一緒に作っていきましょう。
(ペンデルへのお問い合せ はこちらから)
(参考)
厚生労働省:労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン
残業規制(36協定)の基本ルール